沖縄の半島から

20年間住んだ東京から沖縄へ移住。南国と海を愛するトラベラー。

他人の人生と比較しないで過ごす

先日、またひとつ歳を取りました。

アラフォーともなると皆が様々な人生を生きていて、それをSNSで簡単に見れる世の中になっているから、どうしても人の現在と今の自分の状況を比べてしまうことが今まではよくありました。

 

あの人はその分野の一線で活躍するようになり、メディアに掲載されるようになった。

あの子は3人の子供の母親で子育ても充実していそう。

◯◯さんは独立した会社を最近上場させたらしい。

 

などなど、、、、。尊敬をしている人たちの活躍はSNSの中でとても眩しく、そしてそれほどまで努力も決心もできなかった自分の至らなさを顧みて落ち込んだりもしていました。

 

東京でサラリーマン生活を送るということは、その出世競争から抜きん出て上のポジションを取り合い、より多くの収入と地位を取り合う戦いです。その結果、勝者である他人の人生を羨ましく思ったりすることも不思議ではないと、思っています。

 

ところが沖縄に引っ越してきて初めての誕生日を迎えると今度は逆に友達から、何かと自由(そう)に生きている私に対して素敵だねとか、充実してそうでいいね、のような言葉をもらったりするようになりました。

他人から見える私は沖縄に移住して、のんびり南国暮らしを楽しんでいる人のように映るようです。

 

私の行動を刹那的に思っている人もいるだろうと思います。実際に永住すると決めたわけではないし、結果的に刹那的な行動になる可能性だってあります。それでも、自分がいなくてもちゃんと回っていく会社という組織の中で、ポジションを勝ち取るために消耗していく日々とは違う視線で生きてみたかったのです。

もちろん、目標を早くから定めてぶれずに自己実現ができればそれが一番美しいのですが、すべての人にそれができるわけではないだろうし、目標が違ってたという場合もあるし、寄り道ばかりしてしまう人もいると思います。

 

自分の目標を1点に定めて惜しみなく努力をして、どれだけ時間がかかっても、人には成し遂げられなかったことを達成していった人を心から尊敬しています。

一方で私は場所や時間の自由を求めて、自分の過ごしたい場所で毎日を送ることに意義を見出した人です。違うベクトルで生きている自分と比較しても仕方がないと、徐々に思えるようになってきました。

 

ただし今の状態は、自分の求めていた毎日にはまだ届いていない、それを叶えることに向けて努力をしていけば良いとシンプルに感じます。

それは誰かの人生との比較ではなくて、自分の思い描いた人生に近づくための比較なのだと思います。自分の願いに対して素直に生きることが、他人への嫉妬から解放されるための方法だと今は考えています。

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